SJCFについて

 SJCFとは

SJCFはプロテスタント信仰に基づく超教派の集まりです。さまざまな教派の背景を持つクリスチャンたちがそれぞれの違いを認め合いながらイエス・キリストと聖書を中心に協力して礼拝や諸集会をもっています。尚、SJCFへの入会は、1975年の設立当初から、「より多くのクリスチャンの方々がシンガポールの地で共に礼拝を持ち協力して教会を建て上げていく」と言う願いから、それぞれの母教会との「二重籍」を受け入れています。シンガポールに転居の際には是非声をかけてください。


 SJCFの歩み

(1)家庭集会の時代(1968年から1975年頃まで)
 SJCFのそもそもの始まりは、それまで自宅で集会を開いていた日本人の女性クリスチャンが、シンガポール人の牧師を通してOMFのマイケル・グリフィス先生夫妻を1968年に紹介され、グリフィス先生夫妻の協力によって開かれるようになった家庭集会にたどり着くことが出来ます。その後、1975年までの間、OMFの宣教師の先生方の協力により集会が維持・発展していきました。しかしながらこの時期には日本語の礼拝を持つまでには機が熟さず家庭集会での御言葉の取次ぎ、交わりを通じた伝道と励まし合いが行われていました。
 また、もう一つの流れとして子供たちへの福音伝道の働きを挙げることが出来ます。1960年代の後半の時期にDTC(神学校)で学ばれておられた小川国光先生、太田和功一先生、牧野直之先生たちによって当時ジュロン地区の工業団地に進出し始めた日本企業の駐在員の子弟たちを対象とした子供会が開かれていました。その当時のクリスマスの集まりには100名以上の子供たちが参加しています。初期のシンガポールにおける日本人伝道は、婦人たちと子供たちへの伝道活動で始められ、その伝統は現在のSJCFにも素晴らしい資産として残されています。

(2)フェローシップを建て上げた時代(1975年から1987年頃まで)
 SJCFでの最初の礼拝は、1975年のイースターにOMF本部でもたれました。その後の一年間は月一度程度の礼拝が続けられ、1976年4月からは毎週の日曜礼拝がもたれるようになりました(1976年5月からは現在も使用しているSt.George's教会の礼拝堂で礼拝をもっています)。1976年から専任の女性伝道師として後藤公子先生が招聘され、グリフィス先生夫妻、ダン・ベーコン先生、荒井俊次先生、岩井満先生、デビット・チャン先生、横内澄江先生など多彩な先生方が牧会チームを形成し礼拝・宣教・証・交わりが進められ次第に教会的性格を持ったフェローシップへと移行していきました。特に現在も続けられている女性たちによる週日(ほとんど毎日)の家庭集会はこのころから始められておりその働きは大きな実を結び1976年から毎年多くの人々が主に導かれております。
 また、シンガポール政府からの正式な宗教法人としての認可もこの時代(1981年)に受けました。シンガポールJCFを言い表すとき、「会衆制」「チーム牧会」「議長・役員制」などを挙げることが出来ますが、このように現在も受け継いでいる/きたものが、この時代に始められています。

(3)会衆制・超教派の群れへの飛躍(1988年から1998年まで)
 この1988年からの10年間で96名の受洗者が起こされました。北野耕一先生、小川国光先生、太田和功一先生、牧野直之先生、横内澄江先生、デビット・チャン先生、普喜幹治先生、ロバート・ハウダー先生たちによって構成された牧会チーム(顧問会)と役員・信徒たちが協力して主の群れを発展させた時期でした。この頃から超教派(協教派)の群れとして「お互いの違いを認め合い幅広く受け入れ合っていく」SJCFの文化がはっきりと形成され、そして深まりが見られた時期でした。礼拝出席者の人数も多い時期で120名に上りました。その後、1994年の横内澄江先生の召天、またその出来事を挟んで北野耕一先生、牧野直之先生、太田和功一先生の帰国などが続き、専任牧師を求める動きを始めました。

(4)初めての専任牧師を迎えた時代(1999年から2002年まで)

 1999年4月に元KGK総主事の片岡伸光先生がSJCFの歴史上初めての専任牧師として与えられ新しい時代を迎えました。専任牧師招聘後も過去10年の間SJCFが作り上げてきた、牧会チーム制(片岡伸光牧師、デビット・チャン先生、ロバート・ハウダー先生、チョン加代子先生によって編成)・議長制・役員制・会衆制を維持し、超教派で開かれた教会を目指すことが再確認されました。1997年のアジア通貨危機を契機にシンガポール在住の日本人の人口が減少へと転じた時期でしたが、2000年から2001年にかけては礼拝出席者が100名を超え、受洗者も3年間で22名起こされました。
 また、この時期奉仕神学生としてSJCFに在籍した大坂太郎先生・智子先生夫妻、今村裕三先生・ひとみ先生夫妻の働きによって、教会学校の中学生・高校生、そして当時シンガポールで増加する傾向にあった青年会世代への伝道が活発さを増した時期でもありました。

(5)現在の歩み(2002年から現在まで)
 2002年4月に片岡伸光先生がすい臓癌のため天に召されると言う大変大きな出来事がSJCFを襲いました。その後の御言葉の取次ぎは、牧会チーム(デビット・チャン先生、ロバート・ハウダー先生、チョン加代子先生)のお働きに加え日本あるいはアメリカ在住の諸先生方の働きにより毎週の礼拝が守られました。その後、2004年4月にはデビット・チャン先生が突然天に召されると言う出来事が起こりましたが、日本・アメリカ在住の多くの先生方の助けにより全ての礼拝・諸集会にメッセンジャーが立てられました。
 2005年4月からは、中澤啓介先生が協力牧師として招聘され、ロバート・ハウダー先生、チョン加代子先生、入江真美先生(2005年7月から専任の教会主事就任)と共に牧会チームを編成し、御言葉の取次ぎ、牧会的指導にあたっています。SJCFはシンガポールという異国の地に建てられた超教派の日本語プロテスタント教会として「開かれた教会」を目指した歩みを今も続けています。